2011年6月25日土曜日

27才の冬、ノッポのビジネスクラス③

そして今、私はアムステルダム行き機内。自分専用の荷物入れに鞄をしまい込んで、ふうと一息深呼吸。おやおや早速メニューが配られて。エコノミーさんご一行が配給の機内食をぱくつく間、我々は雲の上のレストランでディナーとしゃれこむわけですな。もう、早く言ってよ。カーテンの向こうにこういう世界があるなんてさ! ちっとも知らなかったじゃないの! という感情を、ほほぅ今日のワインはマルゴーかという表情にうまく転化させ、そんな表情を見せられ続けるキャビンアテンダントという生業を思った。
そして何よりこのフル・フラット・シート。愛おしい。フル! フラット! シート!とホップステップジャンプでご紹介してしまおう。今はまだ離陸前だから、ボクチン普通の椅子ですよという顔をしているが、私はこの孝行息子の本性を知っている。徹底的に調べたから知っている。上空にてシートベルトサインが消えたが最後、服従心もむき出しに、命じられるままレッグレストをにょっきりと飛びださせ、そのままオットマン付きソファとしてくつろぐもよし、ご就寝にあたってはフル! フラット!になるもよしと、あらゆる変身で父上をくつろがせる貪欲な親思いに変身するのだ。愛おしい! さすってやる! ここまでたどり着いた記念にさすってやる! 煙が上るほどにさすった。
一応フル!フラット!シート!についてご説明しておこう。簡単にね。背もたれ、座面、レッグレストが見事なコンビネーションで平らになる。残念ながら地面に対して水平とまではならいが、少し斜めに置かれたベッドと呼んで差し支え有るまい。つまり我ら騎士階級が移動中に被る負担を極力減らしつつ、さらに一つ上の貴族階級席になればそれはもう水平ですからもっと楽になりますよ、と向上心を煽ることも忘れない代物なわけである。
時は過ぎてシベリア上空。天気は晴れ。見下ろせば荒涼、全てが山か山あいの大地。世界は三角形で構成されている。かわいそうに。あんなデコボコで。フラットじゃなくて。フル! フラット!じゃなくて! それじゃ、かわいそうじゃない僕は、そろそろ194cmの体を平らにしちゃおっかな-、とボタンに手を掛ける。とっくにシートベルト着用サインは消えていたが、ちょっとしたリクライニング程度で自分をじらしていたのだ。これを騎士階級の嗜みと呼ばずに何と呼ぼう。
ぐぃんぐぃんと機械音も勇ましく椅子が変態を。おおおお、ちょ、あ、なんか足の方がにょきにょき伸びて、あれ平らに! このまでは俺の身体が平らに!
感想。えー動けません。身体と椅子の大きさが完全に同じ。で、足側には前の席があって、頭側には自分の席の囲いみたいのがあるんではみ出すわけにもいかず、がっちり固定。首はおろか、つま先を伸ばすことすら出来ない。冷凍カプセル内部ってこんな感じかしら。このままオランダに着いたら200年ぐらい経っていて、23世紀医療が僕の巨人という病を治してくれるのかしら。ついでに発症確実な筋肉痛と関節痛の方もお願いしたいんですが。さらにむかつくのがフラットのつぎはぎ部分。それぞれご丁寧に膝でないところ、足首でないところ、腰でないところにあって、なんかこう標準値、みたいな感じで私を責める。こんなにお前は乖離してるんだよ、人生まるごとはずれ値なんだよと。騎士なのに。ちょっと前まで俺は騎士だったはずなのに。
目玉だけきょろきょろさせる脇を、金髪碧眼乗務員が通る。目を配る雰囲気を察し、何となく息を潜める。分かった。ここは隠れ家なんだ。俺はアンネで奴等はゲシュタポなんだ。こうなったら間違っても水など注がせるものか。固い決意で毛布を目元まで引っ張り上げ、その世界観で潰すアムステルダムまでの空路。見張りの隙を付いてトイレに駆け込む194cmの心の内を、君は果たして知っているのか。

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